遠い約束


token of LOVE 〜あいのしるし〜【R18】




2009.3.14
ジノが犬で、カレンがうさぎのパロディです。苦手な方はご注意ください。
臆病でピュアなうさぎさんと、物知りで優しいわんこのハートフルなお話・・・
のはずなんですがなぜかR18とか書いてありますねなんででしょう?←

18歳未満の方は閲覧なさいませんようよろしくお願いいたします。




“彼”と初めて逢ったのは、カレンがここに腰を落ち着けた最初の日だった。


「やぁ、こんにちは。うさぎちゃんとは珍しい。君はどこのうちの子だい?」


街のはずれの、古びた廃屋。屋根の板はところどころ外れて、そこから幾筋かの
光が差し込み、それが朽ちた床一面に草花を育んでいる。
こんなところで誰かに会うなんて思ってもみなかったから、カレンは驚いてしまった。
彼の金色の髪は、薄暗いこの場所でもきらきら輝いて見えた。
「これからここが、わたしのおうちよ」
「おや、家出かい?君みたいな可愛い子が出歩いてたんじゃ、心配するだろう」
「……そんなんじゃ、ない。誰も心配なんてするはずないの」
彼はほんの一瞬哀しそうな目をして、それ以上何も言うことはなかった。
「私はジノって言うんだ。坂の上のお屋敷に住んでる」
「…そう」
「君の名前は?」
赤い首輪に刻まれた六文字のスペル。外したくても外すことなど敵わない。
けれど、名乗る名前がそれひとつしかないことも確かだった。
「…カレン」
「カレンか。素敵な名前だな。清楚で、気品があって…君にぴったりだ」
お屋敷住まいのお坊ちゃんは、社交辞令がお得意らしい。
カレンは気恥ずかしくなってしまって、少し背の高い草で顔を隠した。
「カレン。ここは私のお気に入りの場所なんだ」
「そう、じゃあ他を探すわ」
よくよく考えれば、カレンがここを気に入ったように、他の誰かが気に入って
いてもおかしくはなかったのだ。少し残念だが、仕方がない。
しかしカレンが立ち上がり出て行こうとするとジノは慌てた様子で呼び止めた。
「わ、わ、ちょっと待って!出て行けなんて言ってないじゃないか」
そう言ってジノはよく陽の当たる場所に陣取り、尻尾を振って手招きした。
「こっちへおいでよ。一緒に昼寝しよう」
「……」
それがあまりに満面の笑顔だったから、ついついつられて彼の側に
腰を下ろしてしまった。それでもそこにはジノがもう1人入れるくらいの
スペースがあって、それを見てジノはおかしそうに笑った。
彼は自分からカレンの隣まで距離を詰めると、その尻尾でカレンを包んだ。
「…!?」
「今日は少し冷えるから、な?」
そのままくいと引き寄せられて、カレンはジノの体に寄りかかるような形に
なってしまった。とても大きくて、あったかい。ふさふさした尻尾で時折背中を
撫でられて、すぐに眠気が襲ってくる。ここ何日か、初めての外の世界で
緊張してなかなか眠れなかったから。とろとろとまどろんでいく視界の隅で、
ジノの尻尾に三つ編みが三本もくっついているのが見えた。
「ヘン、なの…」

カレンが目を覚ましたとき、ジノはすでに起きていて(眠ってなどいなかった
のかもしれないけれど)、じっとカレンの顔を覗き込んでいた。
「おはよう。とっても可愛い寝顔だったよ。今日は得した気分だな」
「……」
どうしてこう、わざわざ恥ずかしくなるようなことを言うのだろうか。
身を捩って隠れようとしたら、くすぐったいと彼は笑った。
「そういえば、」
「?」
「眠る前、何がヘンだって言ったんだい?」
カレンが尻尾の三つ編みを指し示すと、ジノは誇らしげに言ったのだった。
「これは、トレードマークというやつさ」



それからジノは、毎日カレンの元へとやってきた。
こんな大きな犬が一人で歩いていたら、人間の子供は怖がるんじゃないかと
カレンは思ったけれど、ジノは街の人なら誰でも知っているおりこうな犬、らしい。
“トレードマーク”のおかげで、誰もジノを他のゴールデンレトリバーと見間違え
たりはしないのだそうだ。時々、子供たちに引っ張られてりして困ると、
でもとても嬉しそうに話をしてくれた。あちらこちらを散歩して、たくさんの人間や
動物と出会っているというジノの話は、カレンにとって新鮮で、とてもきらきらしていた。
ジノのご主人様は、とても優しい人間で、カレンたちの言葉は人間には
通じないけど、ちゃんとジノの言いたいことをわかってくれる人らしい。
だからこうして自由に出歩くことができるんだ、とジノは胸を張った。
カレンは、そんな話を聞いてうらやましいような寂しいような、複雑な気持ちになった。
でも最近ひとつだけ困っていることがある、とジノは言う。
「お見合いをさせようとするんだ。もう何度も断っているのに」
「…どうしてそれが困るの?いいところの、綺麗なお嬢さんなんでしょう?」
なんせジノは由緒正しき血統書付のゴールデンレトリバーで、街で一番の
お屋敷に住んでいる“いいところのお坊ちゃん”なのだから。
「でも私は、別にいいところの綺麗なお嬢さんと結婚したいわけじゃないんだ」
「じゃあ、ジノはどうしたいの?」
「そりゃあ、もちろん、」
勢いづけてそう言った後、なぜか照れたように消え入りそうな声でこう続けた。
…好きな人と、いっしょにいたい。
そんな自信なさげなジノを初めて見たので、カレンは思わず笑ってしまった。
ジノは、大きな体を小さくしていたけれど、そのうちつられて一緒に笑い出した。

こんな時間が、いつの間にか大好きになっていた。




「…はぁ、っ……ん…」
体が、灼けるように熱い。どれほど気を逸らそうとしても、風が
通り抜けるだけで全身があわ立つようで、疼いて疼いてたまらない。
この発作は、カレンに何一ついいことをもたらしはしなかった。
いつも、苦しさとむなしさだけを残していく。

カレンはBEW(ブルー・アイド・ホワイト)と呼ばれる種類のうさぎだ。
改良によって造られた、とても美しい白い体毛と青い瞳を持つ品種。
しかしカレンはその中でも特別変異だった。真っ白なはずの毛並みには
紅色の毛が混じって、全体には淡いピンクのようにも見える。
珍しく、そして美しいカレンはとあるお金持ちに気に入られ、買われていった。
最初、カレンはとても可愛がってもらえた。高価な食事と、清潔で快適な環境。
カレンを膝に乗せ、写真を撮り、それをしばしば自慢の種にしているようで、
それはカレンにとっても嬉しく、誇らしいことだと思えた。
しかしそうした時は長くは続かなかった。カレンの体が成熟するにつれて
徐々に現れ始めたこの発作的な衝動に対する知識が、この飼い主には
なかったのだ。ある時突然悶え、すがりついてくるカレンの様子を、飼い主は
気味悪がった。その頻度が上がっていくにつれカレンを見る目がどんどん
冷たくなり、そしてある日カレンをこの街へ捨てたのだ。

この“発作”が「ヒート」と呼ばれるものだということを教えてくれたのは、ジノだった。
うさぎのそれは、季節によって現れる犬や猫のメスとそれとは違い、一年中
続いていて、時にこうして強い衝動となって襲ってくるものだという。
つまり発情によるものだということは、言葉で説明される前に、このヒートの
真っ最中にジノに会ったことで理解した。これまで意識することのなかった
彼のオスの匂いに頭がくらくらして、体がどうしようもなく彼を求めてしまう。
しかしどうすれば求めるものが得られるのかなどわからず、ただいつものように
身を摺り寄せることしかできなかった。
「たす、けて…ジノ、」
尻尾の触れる感触にも体を震わせるカレンに、ジノは大丈夫だよと声をかけた。
「私が…鎮めてあげるから」

ジノは、これ以上ないくらい優しく、カレンの内に燻る熱を解放してくれた。
それは頭がおかしくなるほど気持ちよくて、今まで欠けていたものが埋まっていく
ような悦びがあった。しかしこの行為に快楽を感じれば感じるほど、心の中に
黒い澱が降り積もり、否応なしにカレンを苛んでいく。
自分たちは、越えてはならない一線を越えてしまったのだと。自分のはしたない
欲で、ジノとのおだやかな時間を汚してしまったのだと。もう、元には戻れない。
そう思うと悲しみと罪悪感でカレンの小さな体はいっぱいになった。



それでも、カレンの想いはよそに、ジノはそれからも毎日カレンの元へやってきた。
今までと変わらず、自由気ままな生活の中で見聞きしたことをおもしろおかしく
カレンに語りかけた。カレンがそれに対して今までのように応えることが
できなくても、毎日毎日、ふさふさの尻尾でカレンを包みに来てくれるのだ。




「はぁ、はぁっ…も、やだ…」
だから、きっとジノは今日もここへやってくるだろう。それまでに治まって欲しいのに、
こんなに彼のことばかりを考えていてはますます熱が高まっていくばかりだ。
いけないと思えば思うほど、ジノが欲しくて欲しくてたまらなくなってしまう。
そしてそれに呼応するかのように、きぃ、と扉を開く音がする。
「…来ない、でっ…!!」
「カレン?」
「お願、い……見ないで…」
ジノは、その言葉は無視してカレンの傍らへとやってきた。
「さわら、ないでっ!…わたし、また、あなたを…っ」
「いいよ。治まるまで何度だって抱いてあげる」
「い、や……こんなところ、あなたに、見られたくない、のにっ…」
「カレン、」
「あなただって、あの人間みたいに、わたしのこと…きらいに、なる…」
カレンにとって、ここでの生活はジノがすべてだった。ジノと昼寝をした芝生の上で
、 ジノが持ってきてくれた毛布にくるまって、ジノといっしょに数えたクローバーを
もう一度数えながら眠りにつく。そして朝が来れば、陽の高さを測りながらジノを待つのだ。
それを失くしてしまえば、ここにいる意味も、こうして生きてる意味さえわからない。
「カレン、落ち着いて」
強く強く、ぎゅううっと抱き締められて、ようやくぼろぼろ涙を零していたことに気付く。
「私は、君を独りにしたりしないから」
言い聞かせるように、ジノはゆっくりゆっくり言葉を紡いだ。
「ヒートの匂いに当てられたわけじゃない。
確かに君を楽にしてあげたいとは思うけど、でもそれ以上に
君を好きだから、君に触れたいんだ。この間も、もちろん今も」
「何、言って…」
「だから、もっと私を欲しがって。それは私にとって、とても嬉しいことだから」
耳元で囁かれる、この上なく甘い言葉と感覚に思考が蕩けていく。
「ジ、ノ…」
「うん、どういう風にしてほしい?」
「…、も、欲し…」
「それはダメ」
「やぁっ……なん、で、」
「意地悪で言ってるんじゃないんだ。
君は小さいんだから、ちゃんと慣らさないと」
「わたしが、ちいさいんじゃなくって…」
あなたがおおきいのよ。体も、心も、私を容易く包み込んでしまうのだから。
でも完全にスイッチが入ってしまうとその優しい声も届かなくなってしまう。
体中、頭の中までジノでいっぱいになって、それはとても心地いいけれど、
与えられる快楽に振り回されて、それ以外何も考えられなくなってしまうのだ。
それでいいんだ、とジノは言う。大丈夫、大丈夫と何度も諭される。
その声をはるか遠くに聴きながら、白い波に呑まれていった。


どうやら意識を飛ばしてしまっていたらしく、気が付いたときにはもう朝だった。
当然、ジノの姿はなく、代わりにカレンの体はしっかりと毛布にくるまれていた。
昨日の言葉をもう一度ちゃんと聞きたくて、カレンはジノが来るのを待った。
けれど、太陽がオレンジ色になっても、天井の隙間から星が見えても、ジノは
姿を見せなかった。わたしは、ひとりで生きていくってあの時決めたじゃないの。
そう自分に言い聞かせて、カレンは夢中で穴を掘った。へとへとになるまで
ふかーく掘って、そこに入り込むと、大声でわんわん泣いた。この中なら
どんなに泣いても誰にも聴こえないだろう。元々、ここには誰もいないけれど。
自分がどうして泣いているのかなんて、考えないことにした。



泣き疲れて眠って、目を覚ましたときにはお日様が高いところまで昇っていた。
腫れてしまってうまく開かない目と、穴掘りで疲れた体でしばしぼーっと
天井を眺めていたら、丸い視界に突然ジノの顔が飛び込んできてすごく驚いた。
「ジノ、どして、」
「おはよう、カレン。かくれんぼかい?」
ジノは笑って、尻尾を差し入れてくる。あれほど頑張って掘ったと思ったのに、
ジノの尻尾が鼻先に届いてしまうくらいの深さしかなかったらしい。
泣いてすっきりして、いろいろ決意したはずなのに、全部台無しだ。
ジノがそこにいるだけで、意地を張っているのがばかばかしくなってしまうのだ。
カレンは、くちびるを噛み締めて、でも素直にその尻尾に掴まった。

昨日、ジノはまたお見合いに連れて行かれていたらしい。
「君が心配だったから、結構だだこねたんだけど…」
少しもやもやした気分になって、およめさんが来るのかと聞いたらジノは慌てて
来ないよと首を振った。ジノは、でもご主人様を困らせてしまったようだと言った。
「それでも、君に会えることだけ考えていたよ」
いつものように、芝生の上の、陽の当たるところに寝そべって、頬を摺り寄せたり、
大きな体の上に乗せられたり、そんな普通のことが昨日はただただ恋しかったのだと
思い知らされて、カレンは胸の奥がきゅうっと締め付けられる思いがした。
「どうしよう、ジノ」
「どうしたんだい?」
「こうしてると何だか、すごく、胸がくるしいの。わたし…しぬのかしら」
ジノが、大丈夫、死なないよと言って少し笑ったので、カレンはむっとした。
「どうしてわかるのよ」
「私も、同じだからさ。君のことを考えているだけで、胸がどきどきして、苦しくなるんだ。
今は、いっしょにいられて嬉しいから、もっとどきどきしてるよ」
そうして、顔を彼の胸元に押し付けられると、とくとくと早いリズムが聴こえた。
「…ジノは、わたしといると嬉しいの?」
「もちろん」
「…じゃあ、わたしはあなたといっしょにいてあげるわ」
そう言うと、ジノが驚いたような顔をしたので、カレンは自分がとても恥ずかしい
ことを言ってしまったのだと気付いた。
でも、ジノは次の瞬間には嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って、カレンの体を
ぎゅうっと抱き寄せたから、なおさら恥ずかしくなってしまった。
「本当かい?嬉しいな。すごく嬉しい」
本当にジノはヘンな犬だ。わたしは、うさぎなのに。でもそれを嬉しいと思ってしまう
わたしもヘンなうさぎなのかもしれない。とカレンは思った。
「ねぇ、カレン。……しよっか」
「何をするの?」
「私とカレンが、気持ちよくなれること」
カレンは、体をびくりと硬直させた。どうして、そんなことを言うのだろう。
「あなた、発情期なの?」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
「この前も言ったろ。君が好きだから、君に触れたい」
言いながら、ジノはカレンの額や頬に、いくつもキスを落とした。
「“あの時”はいつも、わけがわからなくなっちゃうだろう。
だから、ちゃんと私のこと、感じて欲しいんだ」
耳へのキスから始まって、ジノは文字通り体中、余すところなくキスをした。
それは少しくすぐったくて、ふわふわしていて、じんわりとあたたかい。
切なくなるような想いが込み上げてきて、ぽろりと涙がこぼれれば、それも
すべてジノが拭い去ってくれた。どうしてこういうことをするのか、カレンには
わからなかったけれど、ジノは言った。これは、愛のしるしだよ、と。
「愛してるよ、カレン」
キスの合間に、ジノは何度も名前を呼んだ。そのたびに、心も体も満たされて、
嫌っていたはずの名前がいつの間にかとても大切なものになっていることを知った。
二人だけのひみつのこの場所。ひとりぼっちだったカレンがこの場所で見たもの、
感じたこと、過ごした時間のすべて、今この胸にある気持ちそのものがきっと、

あなたがくれた、あいのしるし。




春の花が芽を出す季節で、ここにもひとつ、太い茎のタンポポが太陽の光を
浴びて日に日に背丈を伸ばしている。小さなスミレは今にも花開きそうだし、
クローバーも白い蕾をつけている。もうすぐ、毛布の要らない季節がやってくるのだ。
「カレン、私の家に来ないか?」
「ジノのおうちへ?」
「あぁ。ここはいいところだけど…もし人間や他のオスに見つかったりしたら、
君は可愛いからどこかへ連れて行かれてしまうかもしれないし」
ヒートの時は、君が望まなくてもオスを引き寄せてしまうから、とジノは言う。
おもしろ半分に連れて行かれて、どんなことになるのか想像もつかない。
でもひとつだけわかるのは、そんなことになったらジノと会えなくなってしまうと
いうことだ。それだけでも、とても恐ろしいことだと思えた。
「それは…いや」
「私だって嫌だ。それに君の体は、こういうところでの生活に向いていないと思うんだ」
「でも…」
「人間と暮らすのは、怖いかい?」
「……」
ジノの自慢する、優しいご主人様に会ってみたい気もする。けれど、彼が
カレンのことも同じように可愛がってくれるとは限らないのではないか。
「私のお見合いがあまりうまくいかないもんだから、ご主人が言うんだ。
『もし君に恋人がいるのなら、僕にも会わせてくれないか』ってね」
「わっわたし、あなたの恋人とかじゃ…!!」
「あれ?そう思っているのは私だけかい?」
ジノが尻尾の先でカレンの脇をこちょこちょくすぐった。残念そうに沈んだ声を
出しているのに、顔は笑っている。きっと君の事気に入ってくれるよ、とジノは言った。
「でも、あなたは犬で、私はうさぎなのよ」
「カレンが猫でも人間でも、きっと同じように好きになったよ」
「わたしは、あなたの子供を産めないのよ」
「それでもいいんだ」
「…そんなの、セイブツとしてのコトワリに反しているわ」
「はは、難しいこと言うなぁ。けど、その分君のことをめいっぱい大切にするから、
それで神さまもきっと許してくれるさ」
神さまが許してくれても、あなたの大切なご主人様は、あなたの子供が見たいかも
しれない。そんな風に言っても、ジノはきっとわかってくれるからと事も無げに言う。
「うさぎちゃんは、寂しいと死んでしまうんだろう?
だから、君は私といっしょにいるのがいいと思うんだ」
「そんなの、迷信だわ」
「そうかもな、でもカレンは寂しがりだから」
頬に優しくキスをして、優しい声で囁かれて、それだけで顔が熱くなって
めいっぱいなはずの気持ちが後から後から溢れてくる。
そしてカレンは悟るのだ。
もう例えどんなに望んだって、ひとりぼっちになんてなれないということを。




「ここだよ」
自分で歩けるわ、と言い張ってはみたものの、お屋敷への坂道は結構な
距離があって、カレンは結局途中からジノにおんぶしてもらってそこへたどり着いた。
元々自分がいたような洋館をイメージしていたカレンは、その純和風の門構えに
少しばかり驚いた。玄関の脇に、ジノ専用の通用口があって、普段はそこから自由に
出入りができるらしい。カレンは、ジノが体で押さえてくれている間にその扉をくぐった。
「おかえり、ジノ……って、えぇ!?」
愛犬を出迎える栗毛の少年は、扉の隙間からぴょこんと飛び出してきたカレンの
姿に、大きな緑色の目をぱちくりとさせた。
(この人が、私のご主人。スザクっていうんだ)
(スザク…)
カレンは、スザクをじっと見上げた。スザクも、しばらく驚きを隠せない表情で
カレンを見ていたが、やがて一気に破顔した。
「うさぎ…だよね?うわー可愛いなぁ…っていうかジノ、この子どうしたんだい?」
スザクが、カレンの前に膝を折った。そして突然「あ!」と大きな声を出したので、
カレンは驚いてしまった。表情がくるくる変わって、忙しい人間だ。
「え…と、ジノ。もしかして、君の恋人って、この子のこと?」
ジノが、カレンに頬を摺り寄せることでそれに応えると、殊の外嬉しそうに笑った。
「そっかぁ、それであんなにお見合い嫌がってたんだね。ごめんよ。
まさかうさぎの子だとは思わなかったけど…でもこんなに可愛いんじゃ仕方ないね」
なぜ“普通ではないこと”をこんなに簡単に受け入れてしまえるのだろうと
ちょっと難しい顔をしたカレンに、ジノは笑いかけた。
(こういう、人なんだ)
(…あなたって、)
言いかけたところで、(聴こえていないのだから仕方がないけれど)、
スザクが突然ひょいとカレンを抱き上げた。
(きゃっ)
(大丈夫だよ)
至近距離で緑色の瞳と目が合う。その瞳が、ちょっとだけ哀しそうに歪んだ。
そうしてから、もうこれは要らないね、とスザクはカレンの首輪を外した。ジノが
よそ様の子をさらってくるはずがないとわかっている彼だから、その首輪にどんな
意味があるのか正しく理解してくれているのだろう。この人は、優しい人間だ。
「カレン。カレンっていうんだね。僕はスザク」
今日からよろしく、そう言って、優しい瞳を持つ彼はカレンのおでこに小さくキスをした。
そのまま顔を摺り寄せられて、ふわふわしたくせっ毛に鼻先がくすぐられた。
「あ、うさぎって何食べるのかな?ルルーシュに聞かないと。
ていうか一度診せに行かないとだね」
スザクはとりあえず電話してくるよ、とカレンをジノの傍らに座らせると、二人まとめて
その頭をくしゃくしゃと撫で、慌しく奥へ駆けていった。
(…やっぱり、あなたって、)
(ん?)
(あなたって、飼い主に似たのね)
(はは、そうかも)
大きな掌の、優しさとあたたかさが未だしばらく消えそうにない。
(…ジノ)
(なんだい)
(……ありがと)
そう言って、カレンはジノの肩口に体を預けた。
(カレンが甘えんぼになった)
(からかわないで)
本当に、ここにいてもいいのかもしれない。その穏やかな笑みが、じわり染み込む
あたたかさが少しずつカレンの気持ちをやわらかにしてくれていた。
ここで毎日、たくさんたくさん見つけて、そして自分も与えられるようになればいい。

かけがえのない、きらきら輝く、あいのしるしを。




童話っぽい感じで書きたいな!とか思ったんですが、【R18】とか書いてある
時点でもうすでに何かを間違えているといわざるを得ない。
むしろもはやこれはジノカレなのか。ジノなのか、カレンなのか。
でもなぜか、平行して書いてる本編沿いの話に近いような気がしてます・・・

うさぎの発情っていうのは本当にものすごくって、これを見てしまって
うさぎを可愛いと思えなくなった、という人もいるくらいものすごいんです。
よく「発情期の犬(猫)のような」なんて言い回しがありますが、それより
もっとひどくて、しかも犬猫のような周期がないので、うさぎを飼うときは
避妊手術をしてあげた方がいいと思います。って何の話だ。
多分、どうせ18禁を書くならジノが発情してる話にしろよ、ってことですね?(違

後日談が2本ほどある予定・・・お決まりのパターンでね!ギャグっぽくね!





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